環境の部屋
【環境問題のニュースをとりあげてきたこの部屋は、これから、日常の暮らしから感じとるさまざまな事柄を私なりの視点で書いていくことにします】

年のはじめに―植物の命 2006.2.4
  新しい年になって1か月が過ぎたが、暮れから正月にかけておきた、我が家のちょっとした事件報告を。
植物が好きなものだから、庭やテラスにたくさんの草花が置いてある。そのなかで寒さに弱いものは、防寒の処置をしてあげたり、室内に入れたりしている。沖縄からもってきた三年目の巨大なアロエベラは一階のいちばん日当たりのいいところに、冬でも花が咲くフクシアとセントポーリアは二階の踊り場にと、それぞれ秋の終わりには引越しをさせていた。
そのなかに一枚が二十センチはあるサボテンがあった。二か月前、犬の花と散歩をしていたときのことだ。
団地の中を歩いていると、一軒の家の前にサボテンが十個ほど置いてあって「ご自由にお持ち帰りください」とある。私の目を引いたのはいちばん大きなサボテンで、葉が大きくおまけに蕾が三つもついていた。もちろん、一言声をかけて鉢ごと胸に抱えて家に運んできたのであった。
 十二月二十七日、大掃除をしていた夫が、とげが刺さったから抜いてくれという。確かに腕に薄茶色の細い細いとげが刺さっていた。
その後も、何度となくとげは夫の足の甲や手などあちこち刺さって、そのたびに大騒ぎ。いっしょに住んでいる次女も、そのうちにとげに刺されたといって騒ぎ出す始末。ついにふたりとも、とげの原因は二階のサボテンだといい始めた。
ところが、しょっちゅうサボテンの前を行き来している私は、被害にあわないのだ。
 人間に対しては好き嫌いがあったりして、なかなか公平には付き合えないが、植物はちがう。どんな植物だって見ているだけで心がなごんでくる。
唯一きらいなものはマムシグサだけ。春、まるで冬眠から覚めた蛇が鎌首をもたげる姿そっくりのこの草だけは、蛇が天敵の私にはどうしても好きになれない。
 そんなわけで、ただでもらってきたサボテンをけっこう気に入って大事にしていた。サボテンは、ふたりの人間に厄介者扱いをされて、ひょっとしたら敵意を抱いたのかもしれない。大掃除とともに庭に出されてしまったのだ。霜はあたらないところではあるが、寒さに震えている。
その後、正月になってからも、ふたりはときどきサボテン攻撃をうけたといって騒いでいる。「絶対にとげを飛ばして攻撃しているにちがいない」と確信している。
植物は、病気にならないようにがんばれと声をかければ、丈夫に育つ。きれいな花を咲かせてと声をかけつづければ、いい花を咲かせてくれる。人間の心や声を察知して反応するらしい。だから、このサボテンも嫌われていることを察知したから、嫌っている人を攻撃するのだ。
ばかな話だと笑われそうだが、我が家ではそう結論をくだした。
 タイの柑橘にバイマックルーというのがあるが、いい香りを漂わせてくれる植物だ。
タイ料理のトム・ヤム・クンを作ろうと思って、生葉を買って冷凍しておいた。暮れに冷凍庫がいっぱいになったので、バイマックルーの葉を外に出し、籠に入れて枕元においた。
半年も前に買い求めたものなのに、葉は青々としていて、甘くすがすがしい香りが、眠りを誘ってくれている。この葉っぱがタイのどこかで摘まれたのはいつのことだろう。半年以上も前であることは確かだ。
それなのにまだまだ香りは消えない。この香りが消えたとき、バイマックルーの葉は命が絶える。摘み取ったときを死とするのか、乾ききって香りも出せなくなったときを死とするのか、私は後者だと思っている。
十年ほど前だったか、沖縄県那覇市の小学校で、子どもたちに話をした。一年生百人を相手に「命」がテーマだったのだが、途中でポケットにクスノキの葉っぱが数枚入っているのを思いだした。数日前に沖縄市のクスヌチ通りで拾ったものだった。クスノキの並木があって、下を歩いていると鼻先をいい香りがかすめて、車の排気ガスの臭いを遠ざけてくれる。 ポケットの葉っぱはもう乾いていて枯れ葉になっている。
 私は葉っぱをとりだして子どもたちに見せ「この葉っぱは生きてる? 死んでる?」と尋ねた。子どもたちは「死んでるよ」と答えた。
つぎに葉っぱを少し裂いて一番前の席の子どもに匂いをかがせたのだが、「ミカンの匂いだ!」と元気な声がかえってきた。それからは全員に匂いをかがせて「まだ生きてるんだよねぇ」と、授業を終えたのだった。
その日の昼休み、子どもたちは大変だったらしい。校庭の葉っぱをひろいあつめてきては教壇において、香りがするかどうかを実験したというのだ。
 これはあとから一年生担任の先生に聞いた話だ。



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